この伝統の桧山納豆を復活させたのが、先代の長蔵さんだ。長蔵さんは当初、「納豆屋」という大変な仕事を息子に継がせたくないという気持ちがあったという。しかし周囲の度重なる説得についに重い腰を上げ、昭和58年、81歳で再び伝統の納豆作りに取り組んだ。1年かけて製法の全てを伝えた長蔵さんは82歳でこの世を去った。
 長蔵さんが45年ぶりに作った桧山納豆は、まったく昔ながらの製法。しかし、衛生管理が厳しくなった現在では保健所の製造許可が下りない。そこで庄右衛門さんは試行錯誤を繰り返しながら、昔ながらの製法に近代的設備と技術を加えて問題を解決。商品としての桧山納豆を復活させた。
 原料の大豆は地元産の「りゅうほう」。地元の農家に栽培を委託し、JAを通して購入している。ワラヅトは地元の農家から集めたワラを地元のおばあちゃんたちが丹念に加工。それを蒸気殺菌、水洗い、乾燥と衛生管理に気を使って仕上げる。
 江戸時代に作られた『秋田音頭』に「秋田名物 八森ハタハタ 男鹿では男鹿ブリコ 能代春慶 桧山納豆 大館曲げワッパ……」と唄われている桧山納豆。
 ワラヅトを開けると、しっかり糸がからみついた大粒の大豆が顔を出す。箸でかき回すほどに強い糸を引き、口に含んでかみしめれば、ほっくりした食感。かむほどに大豆の風味が伝わってくる。これはスルスルと胃の中に流し込むのではなく、しっかり味わっていただく納豆だ。
 手間のかかる桧山納豆は生産量が少なく、秋田県内でも空港売店など出荷先は限られている。最近は県外から電話やFAXによる注文も増えているという。


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